「プロじゃないよ。僕はただのチャンピオンさ」
現地の優勝インタビューでそう語ったのは、出版社NORTH VILLAGE代表の北里洋平さん。
GACKTさんとの偶然の出会いからポーカーの世界へ足を踏み入れました。
今では優勝賞金約1,000万円を獲得したスーパーハイローラーをはじめ、これまで4つのトロフィーを手にしています。
「自伝の3冊目をポーカーで書く」──そんな異色の動機で大会に挑み続ける北里さんに、独占インタビューを実施しました。
北里洋平さんのプロフィール

今回インタビューさせていただいたのは、出版社NORTH VILLAGEの代表であり、Poker Dream 25 Malaysiaでスーパーハイローラー優勝を含むハイローラー4冠を達成した北里洋平さんです。
出版事業のほか、シーシャ店舗を約30店舗展開するなど、複数の事業を手がける経営者でもあります。
| 北里洋平さんの基本情報 | |
|---|---|
| 活動名 | 北里洋平(Yohei Kitasato) |
| 主な活動 | NORTH VILLAGE代表(出版社) |
| 著書 | 『ワルあがき』 『GACKTの勝ち方』 |
| 主な戦績 | ・Poker Dream ハイローラー優勝 ・APT ハイローラー優勝 ・スーパーハイローラー優勝 ほか計4冠 |
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お話を聞いて驚いたのは、ポーカーを始めた動機が「自伝の3冊目に書くため」だったこと。
GACKTさんとの出会い、世界チャンピオンへの挑戦、そして4つのトロフィーを手にするまで──北里さんがポーカーに本気で挑むようになった背景を聞きました。
スーパーハイローラー優勝──
タック・ワイ・フーさんとの激闘

DAY 1をチップリーダーで通過した北里さんと、タック・ワイ・フー(Tuck Wai Foo)さんとの攻防を振り返ります。
優勝を引き寄せる大きな局面となったのは、DAY 2序盤の「ある決断」でした。
トッププロの120BBオールインに
KKで立ち向かう

今回の優勝までの道のりで、印象に残っているハンドや対決を教えていただけますか?

DAY 2が始まった時に、最後にヘッズアップで戦うことになるタック・ワイ・フーさんと同卓だったんです。
ハイローラーの常連で、すごく有名な選手らしいんですけど、僕もよく一緒にプレイする人です。

DAY 2が始まって1時間ぐらい、まだインプライズしていない段階で、彼が全体のチップリーダーになって、僕が2番手でした。
あと5人ほど飛べばインプライズという局面だったと思います。

あるオープンに対して僕がプリフロップでリレイズしたところ、彼が120BBをオールインしてきたんです。
トリトンでも優勝しているような人が、プリフロップで120BBを入れてくるのは何だろう、と考えました。

その時の北里さんのハンドは何だったのでしょうか?

僕は100BBぐらい持っていて、ハンドはKKでした。
何もしなければインプライズ圏内に入れそうな状況で、100BBを失うリスクは大きい。めちゃめちゃ考えました。

AAだったらコールしてほしいはずだから、そこまで大きく入れてこないんじゃないか。
KKでも、そういうことはしないんじゃないか。QQとかJJなのかな、とも思いました。

一方で、彼は僕のプレイを知っている。
僕がリレイズして入ると、その後もフロップ、ターン、リバーと強気に打ってくる。
それに付き合わされるのが嫌なハンドだと考えると、AKなのかなと。
「でもAAもあり得るよな」と思いながら、最終的にはコールしました。

相手のハンドは何だったのでしょうか?

相手はAKでした。
そこで僕が勝って、チップをかなり積めたんですけど、ものすごい緊張感がありました。

僕はプロではないので、インマネを何度も重ねるより「優勝を目指したい」というタイプなんです。
一般的なプロの考え方とは違うところがあって、公聖くんにも「そこは違う」と言われるんですけどね。
一ノ瀬公聖さんとは?

一ノ瀬公聖さんは、国内外のトーナメントで活躍する日本のプロポーカープレイヤーです。
トーナメント特化型のオンラインサロン「UP POKER LABO」も主催しています。
復活したタック・ワイ・フーさんとの
ヘッズアップ
ショートに追い込まれたその相手──タック・ワイ・フーさんが、そこからファイナルテーブルまで復活します。

彼はショートになった後、すぐに別のテーブルへ移ったんです。
ところが、そこからファイナルテーブルまで戻ってきて、終盤にはまたチップリーダーになっていた。
DAY 2の最初にあれだけショートに追い込んだのに、また戻ってきた。
なかなかいやらしいことをしてくる人なんですよ。

「このトーナメントは僕と彼の戦いだ」と勝手に自分で思い込むようにしていたら、最後に本当にヘッズアップになって、僕が勝った。
今回は、彼との戦いの大会だった、という印象ですね。
4冠の原点──
自伝の「3冊目」を生きる
北里さんがポーカーに本気で挑む動機は「自身の自伝の3冊目をポーカーで書くため」という、異色の理由からでした。
なぜ新たな挑戦の舞台にポーカーを選んだのでしょうか。

ポーカーに挑む動機が「自伝の3冊目を書くため」と伺いましたが、もう少し詳しく聞かせていただけますか?

僕はNORTH VILLAGEという出版社をやっていて、自伝を中心とした本を出版しています。
自分の本も出版していて、『ワルあがき』という本があるんですけど、僕が一番やりたいと思っているのは、自伝なり漫画なりを全7巻にすることなんです。

1冊目には幼少期から、自分が独立する前の26〜27歳ぐらいまでの話を書きました。
今書いている2冊目は、出版社やシーシャ、リサイクルなど、いろんな事業をやった時の話です。


でも、同じことをやっている延長線上では、自伝の続きってなかなか出せないんですよ。
例えば、イチローが日本の野球界で大成功しましたという1冊があって、2冊目が「メジャーリーグでも通用しました」だと、「あのイチローだったらアメリカでも通用するよね」と思われてしまう。
それだけだと、物語としては弱いじゃないですか。

最初の話が強すぎた、ということですか?

そうです。
矢沢永吉さんの『成りあがり』は、上京してロックスターになる話で1冊になっている。
その後の『アー・ユー・ハッピー?』では、だまされて何十億という借金を背負い、それをどう返済して逆転していったかが物語になっている。
スーパースターになる話と、借金返済の話。
そのぐらい角度が違わないと、続編って出しづらいんですよね。

僕でいえば、出版社を立ち上げて、シーシャのお店が30店舗ぐらいになりました。
その続きが「500店舗になりました」だったら、規模は大きくなっていても同じ延長線上の話になってしまう。

だから今は、「3冊目を生きている」つもりでいます。
全然別のことに挑戦しないといけないなと思ったんです。
GACKTさんとの偶然の出会い

では、数ある挑戦の中から、なぜポーカーだったのでしょうか。
きっかけは、マレーシアへ向かう飛行機での偶然の出会いでした。
マレーシア行きの機内で

マレーシア行きの飛行機で、たまたまGACKTさんと隣になったんです。話しかけてもらって、一緒にご飯を食べようということになりました。

もちろん名前は知っていたんですけど、どういう人かは知らなかった。
正直、最初は怖いとか怪しいとか、勝手なイメージを持っていました。
とりあえず、怖いもの見たさで「ご飯、いいですよ」という感じでした。

その後、どういう流れでポーカーをすることになったのでしょうか?

約束した日の食事の前に、「ご飯の後、みんなでポーカーをするけど、ポーカーできる?」とメッセージが来たんです。
でも、僕は一度もやったことがなかった。

その時は、「なんで一般人の僕をご飯に誘ったんだろう。そうやってマネタイズしてるんだ」と、勝手に勘違いしていたんですよ。
それでも「やったことないですけど、Googleでルールを調べて覚えていきます」と返しました。
GACKTさんたちと遊びでやったのが、初めてのポーカーです。

初めてポーカーをした時、どんな感じでしたか?

僕がど素人だと分かったGACKTさんが、最初に飛んだ後、「この後はプレイしないで僕の横に座りな。ハンドを見せるから、どうしてベットしたりフォールドしたりするのかを解説する。それを見て勉強しな」と言ってくれたんです。

それで朝7時ぐらいまで教えてくれました。
めちゃめちゃ面倒見がよくて優しい人で、「芸能界の闇とか思っていて、すみません」という感じでしたね。

それからポーカーに本格的に取り組むようになったのでしょうか?

そこですぐ本気になったわけではなくて、しばらくは「ベトナムの大会に行くけど、一緒に行かないか」と誘ってもらって、観光気分で一緒に行っていました。
そのうちに、自伝の3冊目で新しい挑戦をしたいと考えた時、ポーカーが浮かんできたんです。

なぜ、新しい挑戦としてポーカーを選んだのでしょうか?

起業家や経営者の人って、その人のビジネスの戦い方と、ポーカーの戦い方がすごく似ていると思うんですよ。
事業での駆け引きや戦い方が、そのままプレイに映し出されるのが面白い。

GTOのような戦略を誰よりも勉強して強くなる人もいれば、堅く打って忍耐力を武器にする人もいる。
ある程度リスクを取ってブラフを多めに使い、駆け引きで勝負する人もいる。

そういういろんな人が集まって、トーナメントで優勝を競うじゃないですか。そこに面白さを感じました。
GACKTさんから学んだ精神論が
ベストセラーに

GACKTさんからは、具体的にどんなことを教わったのでしょうか?

GACKTさんからは、ポーカーの勝ち方みたいなものを教わっていたんです。
例えば「ブラフばかりしていると、玄人にとってはカモになる。ターゲットにされる。でも、ハーフブラフは有効だ。その時に必要なのは、差し違える覚悟だ」とか。
ポーカーと現実のビジネスや人生を照らし合わせながら、何かと戦う時や駆け引きをする時の精神論や考え方を、プレイ中や食事の場でよく教わっていました。

うちは出版社なので、その教わったことを『GACKTの勝ち方』という本にしました。
それが20〜30万部のベストセラーになったんです。

起業家や経営者のビジネスでの戦い方が、そのままポーカーのプレイに映し出される──北里さんはそこに「面白さ」を感じ、3冊目の舞台にポーカーを選んだそうです。
世界チャンピオンに挑んだ
「挑戦フェチ」

北里さんの挑戦はポーカーが初めてではありません。
「挑戦フェチ」と自称するほど、若い頃から常識外れの行動を繰り返してきたそうです。

ポーカー以前にも、何か大きな挑戦をされていたのでしょうか?

もともと「挑戦フェチ」みたいなところがあって。
中学生の時には、サッカーで世界一になったチームの試合を見に行って、更衣室に忍び込んで「僕と勝負してください」と挑戦状を渡したりしていたんです。

20代の時はK-1を見るのが好きで、ムエタイを見に行って感化されて、選手に挑戦したりもしました。
最終的には、ボクシングで9度防衛の世界チャンピオンの徳山さんに挑戦状を送って、ボコボコにされたんですよ。

実際に試合まで行ったんですか?

試合というよりはスパーリングですね。ジムを借りて勝負してもらって、ボコボコにされました。
「世界チャンピオンって、本当に強いんだ」と思いましたよ。
1,000回やったら1,000回負けると体感しました。

それまでは20代で調子に乗っていたのもあって、「世界チャンピオンといっても、全員がエントリーしているわけじゃない。
少なくとも自分は出ていないのに、みんなが世界一だと認めるのはちょっと待ってくれ」と思っていたんです。
でも体感してみたら、完全に次元が違った。

そこで気づいたんです。格闘技を見るのは好きだったけど、ジムにきちんと通って勝てる準備をしてチャンピオンを目指す、ということはしてこなかった。
無謀に挑戦状を送ることはしていても、「何でも挑戦してきたつもりだったのに、ちゃんとした挑戦はしていなかったんだ」と。

子どもの頃は強い敵を倒すヒーローに憧れていたはずなのに、気づいたら戦う世界とは全然関係ないところで生きていた。
ちょっとショックだったんですよね。

ポーカーについて、格闘技とはどんな違いを感じていましたか?

ボクシングなら若い頃から始めて、その間にチャンピオンを目指すというところがある。
でもポーカーは、若い人も年齢を重ねた人も、同じ土俵で戦える。
自伝の3冊目をポーカーへの挑戦から始めるなら、優勝しないと書けない。僕にとっては、優勝以外は負けに等しいぐらいの気持ちでした。
たった1時間のレッスンから
4冠を掴むまで
GACKTさんから精神論を学び、徳山さんのスパーリングで「準備なき挑戦の限界」を知った北里さん。
その2つの経験が重なった先に、ポーカーでの「本気の挑戦」がありました。
VPIP 100%の独自練習法

ポーカーを「本気」で始めた時、どんな練習をしたのでしょうか?

僕は勉強してどうこうする勤勉なタイプではないんです。
それでも一度、一ノ瀬公聖くんに1時間だけマンツーマンで教えてもらいました。
それまで遊びでやっていたポーカーの、答え合わせをするような1時間でしたね。

本気で大会に出る時以外は、わざと参加するハンドをすごく広くして、何なら全ハンドで参加するぐらいにしていました。
そのハンドで、どうやったら相手を降ろせるかを実践していたんです。
VPIPが100%みたいな参加率でしたから、一緒にプレイする人からは狂った人間に見えていたと思います。

そこまで参加するハンドを広げたのは、なぜですか?

後から始めた人間が、1回のプレイで他の人の5倍の経験を積むには、それしかないなと。
プライベートならお金もかからないですしね。「こうすると降りるんだ」と体感していくしかない。

そうして自分で考えていたことを、公聖くんのGTOなどをベースにしたプロの考え方と照らし合わせて、「こういうところを変えればいいのね」と頭に入れていきました。

海外の大会では、インプライズを目標にする場合と、優勝を目標にする場合で、どこを変えるべきかを自分なりに考えていました。
アーネスト・ホーストの
「4タイムスチャンピオン」
北里さんは「自伝に書くためにはトロフィーが必要だ」と、本気で大会に臨み始めます。
最初の優勝はPoker Dreamのハイローラーでしたが、1回では終わりませんでした。

最初の優勝で「書ける」とは思わなかったのでしょうか?

「やった」とは思ったんですけど、ポーカーは1回なら運で優勝できることもあるじゃないですか。1回だけで自伝に書くのは、ちょっと薄いなと。
K-1をよく見ていた世代なので、アーネスト・ホーストの「4タイムスチャンピオン」という言葉が残っていたんです。
「2日以上のイベントで、4回トロフィーを取らないと、自伝には書けない」と決めました。

プロではない人間が1回優勝しても、「自分の方がうまいけど、彼はラッキーだったんだ」と思われることもある。
そういう人たちにも何も言わせないぐらいになるには、4タイムスチャンピオンにならないとな、と。

実際に4つのトロフィーを手にするまで、どのくらいかかりましたか?

約1年半です。
自分ではもっとかかると思っていたので、思ったより早く取れた。
ポーカーの挑戦だけで1冊になるかと思っていたのに、前書きにしかならなかった。
でも「4タイムスチャンピオンになったところから始まる3冊目」も、それはそれで面白いんじゃないかなと思っています。

では今回のスーパーハイローラー優勝は、4冠の中でどんな位置づけになりましたか?

今回は4つ目で、まだ持っていなかったスーパーハイローラーのトロフィーという意味で、すごく大きかったですね。
優勝を目指すための戦い方

北里さんは、「優勝を目指すなら、勝負しないといけないポイントがある」と話します。
バブル前後はチャンスタイム

インプライズ前の局面では、どのようにプレイしていますか?

僕はよくバブルで飛ぶんです。
バブル直前って、みんなが飛びたくない時期がチャンスタイムなんですよね。
もちろん、自分が飛ぶ可能性もありますけど。
15〜20BBぐらい残っていれば、まだ相手を降ろせる。みんながチップを減らしたくないと思っている時期だからこそ、勝負する価値があると考えています。

15〜20BBを残している段階で勝負を仕掛ける理由を教えてください。

10BBぐらいでインプライズして、そこから優勝を目指すとなると、オールインに何度も勝たないと戦線に戻れない。
2分の1の勝負に3回ぐらい勝たないといけない状況になるぐらいなら、インプライズできない可能性があっても、その前に勝負をかけたいんです。

公聖くんからは「バブルでは賞金ゼロとエントリー費の2倍の賞金では雲泥の差だから、まず堅く行った方がいい」とよく言われます。
でも僕には「4回優勝しなきゃいけない」という縛りがあったので、バブルだけは公聖くんの教えを無視して、自分流で戦っていました。

ファイナルテーブル直前では、どのように考えていますか?

あと1人飛べばFTという時も、みんな堅くなるので、自分のスタックが優勝を狙うには足りないと思ったら、そこで勝負を仕掛けます。
FTに行くことが目標ではなく、優勝することが目標なので。
FTではトップ3まで攻め、
そこから堅く

ファイナルテーブルに入ってからは、どんな戦い方をしていますか?

FTの序盤も、自分が平均ぐらいのスタックなら積極的にプレイします。
9位、8位、7位、6位、5位と、トップ3に入るまで賞金がそれほど変わらないような大会では、みんなが「やっとFTに来た。誰かショートの人が飛んでくれないかな」と待っている間に、できるだけスチールしてチップを積む。

何でもオールインして増やすというより、多少リスクを取って強気にプレイして、スチールでチップを積む。
上位3人に入ってからは、しっかり堅くプレイする。そういうことを心がけています。

そうした戦い方は、どのように決めているのでしょうか?

毎回、FTのタイミングでブレイクに入った時に電話をして、状況と「こう戦おうと思っている」という考えを伝え、答え合わせをしています。
優勝した4回とも、休憩中に1回電話しています。
必ず公聖くんの言うとおりにするわけではなくて、「プロだったらこうする」「自分の考えはこう」という違いを確認した上で、どうするかを自分で考える、という感じです。
印象に残った対戦相手たち
ハイローラーの世界で戦い続ける中で、北里さんが特に影響を受けたプレイヤーについて伺いました。

ハイローラーで印象に残っているプレイヤーはいますか?

たくさんいます。
レスター・エドック(Lester Edoc)とかマイク・タカヤマ(Mike Takayama)とか、四天王みたいに言われている人たち。
その中でも、レスターはすごく印象的です。
チップリーダーであるかどうかに関係なく、テーブル全体を支配しているんですよ。ハンドだけでなく、駆け引きの面でも。


具体的に、どんなプレイが印象に残っていますか?

同卓した時に、リバーだったと思うんですけど、ある選手がアクションしようとしたところで、レスターがフォールドするような動きをして、途中で止めたんです。
それを見た相手がオールインしたら、レスターが強いハンドでコールした。
「そんな手もあるんだ」と驚きました。

ちょっと卑怯に見えるような駆け引きも含めて、いろんな技を使うんですよね。
APTのDAY 1でも、レスターがいろんなところでチップを取っていて、このまま自分がハンドを待っているだけだとショートになって終わってしまうと思ったんです。
それで、自分からレスターに勝負を仕掛けて、彼を飛ばした。
その大会では優勝できました。

なるほど。レスターさんとの対戦から、特に学んだことは何でしたか?

待っていてもジリ貧になるだけだから、自分から仕掛けるしかない。
そういう意味では、レスターから学んだことは大きかったですね。
「僕はただのチャンピオンさ」──
これからの北里洋平
4つのトロフィーを手にし、自伝の「前書き」に書ける実績を積んだ北里さん。
今後の展望を伺いました。
「ただのチャンピオン」という生き方

4回優勝した今、ポーカーはこれからも続けていくのでしょうか?

ポーカーにはハマっているので、続けます。
一旦は書けるところまで来た、という感じです。

Poker Dreamでの優勝インタビューで「プロじゃなかったんですか」と聞かれて、こう答えました。
「プロじゃないよ。僕はただのチャンピオンさ」

基本的には「僕はプロじゃないんで、ただのチャンピオンです」と言えるぐらいのペースで、トロフィーを取っていきたいと思っています。
自分でも面白いことを言ったなと思って、気に入っているんですよ。
トリトンへの挑戦と、
ハイローラーを選ぶ理由

今後、トリトンへの出場は考えていますか?

どこかのタイミングで出たいとは思っています。
本当は4つ目がトリトンだったら、ちょうどよかったのかもしれないですけど。

絶対にトリトンというこだわりがあるわけではないんです。
WSOPのメインが一番の大会だという考えもあると思うんですけど、1週間とか10日間とか、そんなに長く集中し続けるのは僕には難しい。飽きてしまうんですよね。

メインにはいろんなタイプの人がいて、3人、4人でオールインになったりするじゃないですか。僕にはバカラみたいに感じられることもあって。
僕が面白いと思っているのは、駆け引きをするポーカーなんです。

今後出る大会も、ハイローラーが中心になりそうですか?

ハイローラーの方が、むちゃなオールインが少なくて、ある程度筋の通ったプレイをしてくる相手との駆け引きができる。
2日ぐらいという長さもちょうどいい。

お金を持っている経営者や有名なプロなど、面白い人と一緒にプレイできるのも魅力です。
僕はテーブルでめちゃめちゃしゃべる方ではないですけど、少し話すだけでも刺激をもらえますし、学べることがありますね。
ポーカーに挑戦する人へ

最後に、北里さんを応援している方や、仕事を続けながら本格的にポーカーに挑戦したいと思っている方へ、メッセージをお願いします。

ポーカーでの戦い方や駆け引きは、仕事やビジネスの場でもそのまま生かせると思います。
エントリー費というリスクに対して、どの賞金を取りに行くかを考える。それは、ビジネスで新しいことを始める時に、どのぐらいコストがかかって、うまくいった時に何が得られるかを考えるのと似ています。

プランどおりに簡単にうまくいくことは、まれじゃないですか。
「この人にOKをもらえないと話が進まない」というような局面での交渉にも、駆け引きがすごく生きてくる。
趣味と本業の両方で成長できるのが、ポーカーだと思います。

大人になると、優勝やトロフィーを目指す機会ってなかなかないじゃないですか。
ポーカーは、そういう気持ちがたぎる場、勝敗をつける場を提供してくれる。
自分が輝く場を目指せるという意味でも、最高の競技なんじゃないかなと思っています。
4タイムスチャンピオンは
まだ「前書き」に過ぎない

自伝を7巻にする夢、GACKTさんとの偶然の出会い、世界チャンピオンへの挑戦状、そして「ただのチャンピオン」という自己定義。北里洋平さんのポーカーは、自らの人生を物語にするための挑戦でした。
4タイムスチャンピオンはまだ「前書き」に過ぎないそうです。
3冊目の本編がどんな物語になるのか──その続きはきっと、ポーカーテーブルの上で描かれます。
北里洋平さん、ありがとうございました。


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