2025年WSOP「Event #53: $1,500 Millionaire Maker」において、”優勝者なし、ブレスレット授与なし”という、ポーカー史上異例の裁定が下されました。
理由は、決勝ヘッズアップにおけるチップダンピング(不正譲渡)疑惑。
背景には、対戦プレイヤーの1人に与えられていた100万ドルの外部ボーナスが関係していたとされ、WSOPの権威と制度設計に大きな課題を突きつける事態となっています。
Jesse Yaginuma、1:9の大差から大逆転


このイベントには11,996人が参加し、優勝賞金は$1,255,180(約2億円)。
決勝ヘッズアップに残ったのは、Jesse YaginumaとJames Carroll。
YaginumaはWSOPオンラインで3つのブレスレットを獲得し、通算ライブキャッシュは約378万ドル。今回優勝すれば、ライブキャリアでは初、通算4本目の“ブレスレット”獲得となるはずでした。
一方のCarrollは、WPTメインイベントでの優勝(約125万ドル)を含む通算約730万ドルのキャッシュを誇る実力者。これまでWSOPおよびWSOPCでも2度の準優勝経験があり、今回が初ブレスレット獲得のチャンスでした。
実績十分な二人の頂上決戦は、Yaginuma:Carrollが1:9という大差のついた状況からスタート。Carrollの圧勝かと思われましたが、Yaginumaはそこからみるみるチップを増やし、ついには逆転に成功。ゴールドブレスレットと125万ドルの優勝賞金を手にした――かに見えました。

疑惑のプレーと“チップダンピング”とは?
しかし、優勝が決まった直後からSNSでは「これはおかしい」「不自然すぎる」という声が広がりはじめます。
ライブ配信を観ていた多くの視聴者は、Carrollが明らかに弱いカードで大きなベットを繰り返し、Yaginumaにあっさりとチップを渡しているように見えたと指摘。
まるで“Yaginumaに勝たせるためにチップを譲っているようだった”というのです。
このように、プレイヤーが意図的に相手へチップを渡す行為は、「チップダンピング」と呼ばれ、ポーカーにおいては重大な違反行為とされています。
WSOPの公式ルールでも、
「チップダンピングなどの共謀は、失格・賞金剥奪の対象となる」
と明記されており、公正な勝負を守るために極めて重く扱われています。
100万ドルボーナスが生んだ“疑惑”
YaginumaはClubWPTのプロモーション「Gold Rush」の対象プレイヤーで、もしこのイベントで優勝すれば、さらに100万ドルのボーナスが支給されることになっていました。
対するCarrollにはその資格がなく、この「外部ボーナス」が、「Yaginumaを勝たせれば報酬を山分けできるのでは?」という非公式ディールの温床になったのではないかと疑われたのです。
WSOPルールでは「チップダンピング(わざとチップを譲る行為)は重大な不正行為」と明記されており、WSOPはすぐに調査を開始。
日本時間6月27日、「優勝者・ブレスレット・賞金の決定は保留」と公式に発表しました。

ミリオネアメーカー──“夢”を叶えるWSOP屈指の人気イベント
このトーナメントは、優勝者が“ミリオネア(億万長者)”になれることを売りにした大人気イベントです。
2025年大会では、
- 1位:約125万ドル(約2億円)
- 2位:約101万ドル(約1.6億円) という、トップ2に立つだけで人生が変わるような高額賞金が設定されていました。
圧倒的チップリードをしていたJames Carrollは、少ないチップしか持たないYaginumaに勝つだけでブレスレットと125万ドルを手に入れることができる。
しかし一方で、Yaginumaが優勝すればさらに100万ドルのボーナスが得られる状況。
もし「勝たせてくれたら(YaginumaがCarrollに)半分あげる」という“非公式ディール”が成立していたなら──2位賞金+50万ドルで、James Carrollは1位賞金以上の額を得られるという計算です。
あなたなら──このディール、受けますか?
Carrollが“わざと負けた”という明確な証拠はありません。
しかし、プレイの内容を見た多くのプレイヤーが「通常の勝負とは思えない」と感じたことは事実です。
仮にあなたがCarrollの立場だったら、どちらを選びますか。
・正々堂々と戦ってブレスレットと優勝賞金125万ドルを狙うか
・非公式ディールで、「1位以上の賞金を手に入れる」“現実的な選択”を取るか
これは、ポーカーという競技が抱える根源的なジレンマでもあります。
WSOPの最終裁定:「優勝者なし」「ブレスレット授与なし」
7月1日、WSOPは以下の公式声明を発表しました:
「Event #53の調査は完了しました。ゲームの公正性と公式ルールを守るため、優勝者は認定されず、ブレスレットも授与しません。賞金は2名のプレイヤーで分割されます。」

つまり、Jesse YaginumaとJames Carrollは“2位タイ”という扱いに。
それぞれの賞金は分配され、名誉あるWSOPブレスレットは今回誰にも授与されません。
それでも支給される100万ドルのボーナス
興味深いのはここからです。
ClubWPTのボーナスプロモーションでは、「対象WSOPイベントでトップでフィニッシュすること」が支給条件であり、“WSOP公式での優勝認定”や“ブレスレット獲得”は条件に含まれていません。
そのため、Yaginuma選手は形式上トップとなったことで、100万ドルのボーナスが支給される見通し。
これは、WSOP側の裁定と外部ボーナスの運用が“食い違った”典型例といえます。
7月2日、ClubWPT Goldの公式アカウントは、
「A deal is a deal. You’re getting the $1,000,000 bonus. Congratulations.」
と投稿。Jesse Yaginuma選手への100万ドルボーナス支給が正式に認められたことが明らかになりました。

ブレスレットか、100万ドルか

公平であること、戦って勝つこと──それがポーカーの原点です。
しかし今回、それを揺るがしたのは、「賞金以外の価値が勝負に介入したこと」でした。
WSOPは厳格な姿勢を貫き、ブレスレットの授与を拒否。
一方で、ボーナスの制度はそのまま。
この“制度のねじれ”こそが、今後の大きな課題になるでしょう。
この件は決して他人事ではありません。
最後に問います──あなたならどうする?「ブレスレットか、100万ドルか。」